弁護士コラム~家事事件の現場から~家庭に関する法律相談を担当した弁護士がリレーでコラムを執筆しています。

配偶者は「労働者」になりうるか?(家族と労災保険)

2020年01月06日 コラム

1 かつて、40年以上前の話ですが、自動車事故の保険金請求(いわゆる自賠責請求)の事件におい
 て、最高裁判所が、「妻は他人である」という趣旨の判決を下したことが話題となったことがありま
 した。(最判昭和47年5月30日・民集26巻4号898頁)

  今回は、自賠責に対比して、配偶者が家族経営の事業においていわゆる労災保険が適用されるの
 か、少し考えてみたいと思います。

2 事例を考えてみましょう。

 甲野さん夫妻は、自宅から少し離れた繁華街に店舗を借りて、夫婦でラーメン屋を経営しています。夫の太郎さんが厨房で調理を担当し、妻の花子さんが接客や会計を担当しています。ある日、花子さんは、お店の売上金を預金するために銀行に行く途中、第三者運転の自転車を避け損なって、転倒して負傷してしまいました。この事故に労災保険が適用されるか、という事例で検討しましょう。一般的に、このような事故による負傷には労災保険の適用がなされる典型例です。

 ところで、いわゆる労災保険の適用がなされる前提として、労災事故の労働者には使用者との関に労働基準法の適用がなされる労使関係が存することが必要です。(労働基準法84条参照)

 そして、労働基準法116条2項では、「この法律(筆者註:労働基準法)は、同居の親族のみを使用する事業・・・(中略)・・・については、適用しない。」と規定しています。(下線は筆者)

 太郎さんを事業主・使用者として、花子さんが労働者と仮定しても、太郎さんのラーメン販売の事業には同居の親族(配偶者)である花子さんしか労働者としては使用されていませんから、この116条2項に該当して、労働基準法の適用を受けられない労使関係ということになり、結果、労災保険の適用を受けられない事業ということになってしまいます。

 ですから、前例の場合、労災事故として労災給付を受けたくても、そもそも労災に加入できない事業として、労災適用を拒否されてしまいます。

3 ところで、116条2項は、親族のみを使用する事業を適用除外としているので、親族以外に第三
 者の他人を一人でも使用している場合は、労働基準法の適用があり、労災保険の適用があり得るとい
 うことになります。

 そして、この場合の第三者の労働者は、アルバイトやパート従業員であってもよいと考えられます。

 ただ、労働基準法の適用をうける「労働者」は、同法9条「この法律で「労働者」とは、職業の種類を問わず、事業又は事務所に使用される者で、賃金を支払われる者をいう。」、に該当する者でなければならないから、同居する親族であっても「常時同居の親族以外の労働者を使用する事業において一般事務または現場作業等に従事し、かつ、作業に関する指揮監督に従っていることが明らかであり、また、労働時間等の管理、賃金の決定・支払その他からみて、当該事業場の他の労働者と同様の就労の実態を有し、賃金もこれに応じて支払われている場合には、労働基準法上の労働者と解することができる。」とされています。(旧労働省通達)

 つまり、夫婦以外に第三者が一人でも雇用されている事業には、労災保険の適用が可能であるが、労災保険の適用を受けようとする配偶者は、事業主たる配偶者から事業に関する指揮命令をうけてこれに服従する関係にあり、賃金や労働時間などの労働条件について、他の第三者の労働者と同様の取り扱いがなされている必要がある、ということになります。

4 このように、配偶者を使用して行う事業については、同居の親族のみを使用する場合はもちろん、
 第三者の労働者を使用していても、配偶者には「労働者性」が認められずに、労災保険が適用され
 ない可能性が高い、という結論になります。

 このような不都合を回避する手段としては、民間保険の利用が考えられますが、一般的に民間保険の保険料が高いという認識があるようです。これは、労災保険が労働者の保護という側面から、療養給付(いわば治療費)・休業給付(いわば休業手当)・障害給付(いわば後遺症慰謝料)などと手厚い内容となっており、政府が保険を所管しているからです。

 そして、労基法116条2項のような規定があるのは、家族経営の事業においては、親族関係にある者の労働関係に国家による監督・規制という介入がなされることは不適当と考えられることから、定められたものであり、家族関係に国家が介入する余地を排除するという見地からはやむを得ないとも考えられます。

 また、実務的に考えても、親族を使用する場合には、賃金や労働時間などの基本的な労働条件すらきちんとした管理をされることが少なく、仮に労災保険の適用を認めた場合の各種給付の金額算定などが困難となると想像されます。

5 しかし、昨今は、親族とか配偶者に関する考え方が、以前とは大きく変容しているのも現実です。

 例えば、いわゆるLBGTにおける同性のパートナーという考え方も広く普及しているところです。この場合には、たとえ同性のパートナーを使用していたとしても、「同居の親族」には該当しません。したがって、労基法116条2項と同様な関係にありながらも、労基法の適用を受けうる関係ということになります。

 また、女性の社会進出とか、兼業や副業の解禁などのいわゆる働き方改革が声高に唱えられているところです。そうすると、労基法116条2項のような規定がこれらの動きに対する阻害要素になる可能性もあります。

 さらに、労災保険における中小事業主、農業従事者や一人親方等々の「特別加入制度」の存在は、前項において述べた実務的な問題を克服して導入されている制度であると考えられ、実務的な問題があるからといって、同居の親族だけを排除する理由となりにくいと思われます。

 以上のように考えてくると、そもそも労基法116条2項が合理的な規定であるのか、疑問に思えてくるところです。あまり考える機会のない問題かも知れませんが、疑問を投げかけても良いように思えます。

 

以上

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