弁護士コラム~家事事件の現場から~家庭に関する法律相談を担当した弁護士がリレーでコラムを執筆しています。

遺言内容は、後日の状況変化も考えて

2010年12月01日 遺言

       

Ⅰ 「自分がこの世を旅立った後は、どうなっても関係ない」と本気で考えている遺言に無縁の人は別として、普通の人ならば、自分が他界した後、残る家族その他この世で関わった人々の間に面倒な問題を遺して迷惑を掛けるのを恐れ、これを予防することを主目的として、遺言をするわけです。

  ところが、遺言書を作り終えて安心し、月日を経て忘れかけた頃に、遺言の前提となっていた事情に想定外の変化の生じることがあります。その事情変更の結果、作成済みの遺言が無意味になったり耐え難い不相当なものになったりする事態も起こります。

Ⅱ それらの不都合を生じた場合、遺言をした人が、それに気付き、然るべき処置をとれば問題はありません。然るべき処置とは例えば、それが自筆の遺言書であれば遺言書自体を破棄する即ち破り捨てる(その遺言が存在しない状態になる。)とか、公正証書遺言であれば遺言取消しの新遺言をするとか、あるいは不相当になった遺言内容と矛盾する適切な内容の新遺言をするなどの方法です。確実を期するには、不相当になった遺言が自筆の遺言書の場合でも、公正証書遺言の方式で遺言を作り直すことを勧めます。

なお、間違いのないよう付け加えます。世の中には同一内容の自筆遺言書を何通も作って方々に隠しておく人があるとのこと、破棄するときは全通を探し出して始末しなければなりません。また、公正証書遺言の手続を済ませ公証人から遺言公正証書の正本や謄本を受け取って「取り消すときは、これを破ればいいのですね」と言った人があります。大変な誤解です。公正証書遺言を取り消したいときは、「遺言を取り消す」旨の新遺言をします。

Ⅲ 不都合な事情変更があったことに気が付いて処置できればよいのですが、人間は、うっかりして見過ごすこともあり、病気や加齢が原因で認知能力や処置能力が遺言後に衰えて対処できなくなることもあります。そうなると、折角家族など関係者に面倒な問題を遺さないよう考えてした遺言だったはずが、かえって大変な迷惑の原因になりかねないのです。

  そのような事態になった原因の多くは、遺言をした時点で遺言内容を決定するに当たって未来の事情変更を想定できなかったためです。

  その事情変更が、遺言の対象である財産や債務の状況に関する変化ならば、遺言をする人には、比較的容易に多様な変化が予想できるものです。例えば、特定の銀行預金口座の預金債権を遺贈しようと考える場合、生前に自分自身で生活費として払い戻して使ってしまうかもしれないとか、その銀行からの借入金債務と相殺されてしまう可能性とかは、むしろ無意識のうちに想定している事柄かもしれません。また、土地建物でも、抵当に入れていたり、親族間で相続紛争中だったりすれば、遺言後に遺産の中から消えてしまう事態が容易に予測できます。それで遺言者は、そのような困った事情変更が生じることも想定した上で、適切な遺言内容を選択することになります。

  ところが、将来の事情変更は、遺言対象の財物や権利義務の関係だけとは限りません。遺言する人にとって想定が困難なのは、遺言で指定する相続人や受遺者など関係する人の状況の変化で、それも特に良くない変化です。

Ⅳ 人の状況の変化で、よく遺言で問題になる例は、相続指定や遺贈の相手方となって財産を承継する予定の人の予期しない逝去です。

遺言した人の死去より前に、指定の遺産承継予定者が他界した場合は、当該遺産承継の遺言部分は発効せず、その承継予定財産については遺言が存在しない状態になります。その財産は遺言者の没後、多くの場合、遺産配分を全く受けず又は受ける価額の最も少ない法定相続人が相続承継することになる可能性が高く、遺言の意図したところからすれば、かけ離れた結果になる恐れがあります。

遺言者と承継予定者とが同時に死亡した場合はどうでしょうか。一緒に旅行中に乗った航空機の墜落事故に遭遇したような場合です。答えは、承継予定者が先に死亡した場合と同じ結果になります。

こ のような不幸な事情変更を予想したとき結果が耐え難いものである場合に、これに対処する遺言技術として行われるのは、条件付きの遺言を付属させる方法です。例えば、「もしも受遺者Aが遺言者に先立って又は遺言者と同時に死亡した場合は、この遺贈財産は、これをAの子Bに遺贈する。」というような付属の遺言を付け加えるのです。

こういう対処をするのが相当か否かは、遺言の内容、事情変更の結果、その不都合の程度、関係する人々の年齢、職業や健康状態などの関係によって異なり、一概には決められません。

Ⅴ 人の状況の変化が遺言者の存命中に生じた場合の例を述べましたが、そのような不都合な事情変更が遺言者の没後に生じることもあります。遺言をするに当たっては、やはり注意深く様々な事情変更を想定して遺言内容を選択する必要があります。

  小規模企業の会社経営者から受けた遺言書作成相談のときのこと、相談者本人の言うところによると、「かねて一人娘の夫を事業後継者と定めて副社長の地位を与えてきたが、その婿の経営者養成教育も効果が上がり、自分自身も老齢に達したので引退を考えている。そこで遺言の内容として、所有財産のうち自社の株式全部並びに社屋の敷地として会社に賃貸している宅地をその婿に遺贈しようと思う。」とのことでした。

  相談担当弁護士の意見は、「遺言者亡き後の事業の維持と発展を図るには、後継者への自社株式の遺贈は適切で、それまでの同人の功労に報いる方法としても良いことです。ただ宅地の件ですが、将来副社長夫妻が離婚するかもしれないという万一の場合を想定すれば、一考を要すると思います。」というものでした。

  この経営者には、これまで三人の子を育ててきた仲睦まじい娘夫婦の結婚生活を身近に見て、それがいつまでも続くものとの当然な思い込みがあり、信頼する婿が娘と離婚するなど全く想像もしなかったため、弁護士の意見は衝撃的でした。僅かな思案と協議の結果、社屋の敷地は、会社の借地権の負担付で娘に相続させる遺言を最終的に選択することになりました。

  この経営者の思い込みにかかる直感が結果的に正しく、離婚など取り越し苦労に過ぎないとしても、この最終的に選択した遺言は、適切妥当な遺言であると判断されたので、めでたく一件落着となりました。遺言は、後日の状況変化も考えて内容を決めましょう。              以 上              

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