弁護士コラム~家事事件の現場から~家庭に関する法律相談を担当した弁護士がリレーでコラムを執筆しています。

遺言書を書いて欲しかった事件 ~ 遺言書のすすめ その2

2006年01月05日 遺言

 遺言については、2005年6月分のコラム欄で「あなたは遺言書を作りましたか」という作成のすすめがありました。そこで、今回は、ある事件 を題材にして、「遺言書が無いとどんな苦労が待ち受けているか」というお話をしてみようと思います。

 とある老夫婦、不幸にして子供が無く、奥さんは意識はしっかりしているものの難病で身動きがままならない不自由な生活、ご主人はいわゆる認知症が進行して徘徊行動が目立つ状態。
 本来なら、ご夫婦で入院すべき状況の下、仲睦まじく生活してきた二人をこの期に離ればなれにして生活させるのは忍びないと、この老夫婦の世話を奥さんの姪御さんにあたるご夫妻が誠に親身になって面倒をみておりました。

 ある日、姪御さん夫婦の看病の甲斐無く、ご主人が亡くなり相続が発生。相続人は、配偶者である残された奥さん(相続分は3/4)と亡くなったご主人のご兄弟(合計で相続分1/4)ということになりました。(民法889条1項2号・3号)
 調べてみると、亡くなったご主人のご兄弟だけでも10人となり、既に亡くなっていた相続人の相続人(代襲相続人~民法889条2項・887条3項)も軽く二桁を超え、合計でなんと30人以上の相続人が出現しました。
  中には、日本を離れて遠く南米の奥地に居住する相続人や欧州に住む相続人もいて、全世界的な規模の相続になってしまいました。
 他方で、「遺産」は誠に慎ましやかなもので、世界的規模にはほど遠いものでした。ご夫妻が住んでいた自宅である土地・建物と少々の預貯金で、これの1/4をラグビーチーム2チーム分以上の人数で分割するということになってしまいました。

 もうお判りでしょうが、こんな事件に遭遇した弁護士としては、つくづく「遺言書を作っておいてくれたらなあ」と思うものです。
 先ず、ご主人のご兄弟側の相続分は全部でも1/4に過ぎませんから、金額的には大したことはないのですが、遺産が容易に分割できないご自宅では、ご主人のご兄弟側に相続分を分けて引き渡すと言うことも出来ません。
 もちろんこれだけの大人数ですから中には相続を放棄してくれる人や自分の相続分を残された奥さんに譲渡してくれる方もいますが、一方では自分の相続分に固執する相続人も出てきます。
 亡くなったご主人が、遺言書で、「すべての財産を妻に相続させる」と 一言書いていてくれたら、何も問題が生じずに30人以上の相続人相手に死闘をすることも、時間やコストを莫大に掛けてなけなしの遺産を目減りさせることは無いのです。

 ここで少し法律を勉強された方なら、「遺留分を侵害するのではないか?」という疑問を生じるかも知れません。
 「遺留分」とは、平たく言えば、被相続人といえども遺産をすべて自由に処分できるものではなく、遺産に対する一定の割合あるいは部分で、兄弟姉妹以外の相続人に保障されている権利とでも言うべきものです。きわめて単純化すれば、愛人を作った夫が、全財産を愛人に贈与して亡くなった場合、残された妻子は、被相続人の財産の1/2の割合で、愛人から遺産を取り戻すことが可能です。
 しかし、この遺留分は下線で示したように、相続人である兄弟姉妹には認められていません
 従って、本コラムの例もし「すべての遺産を妻に相続させる」という遺言がなされたら、亡夫の兄弟姉妹は遺留分を主張することは出来ず、すべての遺産が妻のものになります。また、そうであったなら、30人以上の相続人を相手に遺産の分割で奮闘する必要無く、また、自己の相続分に固執する相続人も相手にする必要が無いのです。

 少子化が進行していることは、子供のない夫婦が多数存在すること、そして将来的には配偶者と被相続人の兄弟姉妹が共同相続する相続事件が多発するであろうことも意味します。若い夫婦でも、相手がいつ亡くなるかは予見できません。明日交通事故に遭遇してしまうかも知れないのです。(縁起でもないですが)
 相手方の配偶者の兄弟姉妹が多数ではないとしても、義理の兄弟姉妹との要らぬ紛争を避けるために、是非とも遺言を作られることをお勧めします。

 さらに、本件の例で、老夫婦の面倒を看てきた奥さんの姪御さん夫婦の尽力には、何らか報いがあってしかるべきではないか思われませんか?
 もし、このように被相続人の療養看護に尽力したり、あるいは、被相続人の財産形成などに寄与した人が「相続人」であれば、「寄与分(民法904条の2)」という制度によって、いわば相続分の割増が認められますが、本件のように被相続人の相続人ではない場合は、そのような「寄与分」は認めてもらえません。
 そうすると、せっかく被相続人の療養看護に努められた人でも、結局は何も報われないということになってしまいます。こんな不都合を避けるためにも遺言による遺贈などの処分がとても有用であることがご理解いただけると思います。

 最後に、遺言書を書くと、これに拘束されてしまうのではないかという疑問があります。
 本コラムの例でも、亡くなったご主人が生前に一度遺言書を作ろうと考えて奥さんに相談したことがあったそうです。しかし、一度遺言書を作ると変更出来なくなると勝手に考えられて、現実には実行に移さなかったそうです。
 これは大きな誤解です。
 遺言は、いつでもこれを撤回あるいは変更することが出来ます。但し、これをするには「遺言の方式」を踏まなければなりません。(民法1022条)つまり、遺言を変更するには、これまた遺言によってなさなければならないのです。
  しかし、前後の遺言が同一の方式である必要はありません。
 公正証書での遺言を自筆証書の遺言で撤回・変更することも可能なのです。

 遺言に限らず、相続は法律問題が山積みの領域です
 どうか一人で悩まずに、気軽に法律相談を利用下さい。

 

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