弁護士コラム~家事事件の現場から~家庭に関する法律相談を担当した弁護士がリレーでコラムを執筆しています。

相続放棄~負の遺産~

2010年08月01日 相続

   私が法律相談の担当を初めて間もないころ,立て続けに,「亡くなった親の債務が残っているがどうすればよいか。」という相談を受けました。

 1件目は,依頼者が物心つく前に両親が離婚したため生母とはこれまでずっと音信不通であったが,その生母が債権者から起こされた貸金返還訴訟中に死亡したため,相続人である依頼者に対し,訴訟手続受継申立てがなされ,突然,裁判所から訴訟書類が送られてきたという事案でした。依頼者には生母との記憶はなく存在自体もほとんど忘れていたような状況でしたので,生母が生前住んでいた大分の裁判所から突然裁判書類が届いてびっくりして相談に来られました。

 相続放棄は,民法915条1項本文に,「自己のために相続の開始があったことを知った時から三箇月以内」に放棄しなければならないと規定されています。この「自己のために相続の開始があったことを知った時」とは,判例で,死亡の事実を知った時に加えて,それによって具体的に自分が相続人となったことを知った時であるとされています。

 依頼者の場合,生母の死亡からはすでに3か月は経過していましたが,これまで音信不通でしたので,生母が死亡していたことは全く知らず,訴訟手続受継の申立書が送達されて初めて生母の死亡を知り,その後すぐに相談に来られましたので,申立書送達の日から3か月は経過していませんでした。すなわち,依頼者は被相続人である生母の死亡を知り,依頼者自身が相続人となったことを知った時から3か月を経過しておらず,上記の「自己のために相続の開始があったことを知った時から三箇月以内」でしたので,早速受任して代理人としては,速やかに相続放棄の申述を行い,裁判所にその旨回答しましたので,その後,依頼者に対する訴訟は取り下げられ事件は終了しました。

 2件目は,30代の姉妹が父親の死亡後,父親の債権者からの取立てが怖いのでどうすればよいかということで相談に来られました。

 私達弁護士は相続放棄という法的手段があって,その手続さえすれば父親の債務を子供たちが負うことはないということは当然わかっていますが,一般の方には,現実問題として債権者からの取立てがある状況では不安と恐怖が先に立って,何をどうすればよいかわからないと悩んで相談に来られました。

 被相続人である父親の債権者は金融機関だけではなく個人事業をしていた関係で借りていた知人も複数名おり,その知人らから父親が取立てをされていた現場を実際に見ていた次女は,その取立てが自分にも来るのではという不安が大きく精神的にも追い詰められたような状況でした。

 弁護士の業務としては相続放棄の申述をした後,各債権者に通知書を送付しましたが,債権者の中に父親と次女が一緒に住んでいたマンションの家主がおり,そのマンション内の動産をどうするかで少し判断に迷いました。

 「相続人が相続財産の全部又は一部を処分したとき」(民法921条1号),「相続人が相続の放棄をした後であっても,相続財産の全部若しくは一部を隠匿し,私に消費したとき」(同条3号)には単純承認をしたものとみなされてしまいます。すなわち,相続人は,被相続人の相続財産を勝手に処分したり,使ってしまったりすると被相続人の権利義務を全部承継することになり,結局債務を負うことになってしまいます。そのため,相続人は,債権者から相続財産を勝手に処分したのではないかなどの疑いをかけられないように注意する必要があります。

 マンションは父親と次女が長年一緒に住んでいましたので,その中にある動産等はどちらの所有物かは判然としませんでしたが,債権者から疑義が出ないようにするため,次女の所有であることが明らかな動産以外は全てそのままの状態にして,次女にはそのマンションを出て行ってもらいました。

 その後,マンションの家主から委託を受けた不動産管理会社から,「解約手続をしてほしい。」,「マンションの中の物を出してほしい。」と何度か連絡がきましたが,相続人は相続放棄をしているため,契約の解約,相続財産の管理・処分も一切関知しないと回答しました。

 また,依頼者である相続人お2人には,相続財産を処分したり使ってはいけないということをよく説明したつもりでしたが,債権者である都市銀行から,「被相続人が年金を担保に借り入れていた件で,その余剰金を娘さんが受取りに来られたが渡してよいか。」との連絡を受け,慌てて依頼者に受け取らないように指示しました。

 上記とは別件ですが,最近破産申立てを受任した依頼者は,父親のローンの連帯債務者となったことが主たる原因で破産をすることになりました。そのことで依頼者は父親のことを恨んでおり,父親とは縁を切りたいがどうすればよいかと相談を受けました。しかし,親子である以上縁を切ることはできないため,父親の死亡後にその負債をかぶらないために3か月以内に相続放棄の手続をするようにと回答しました。

 親は子を育て,育てられた子は自分の子を育て,育ててもらった親を敬い養うような世の中であって欲しいと思いますが,やむなく親が多額の負債を残した場合,相続放棄という手続を知っていれば,親の残した負債の責任を負うことはありません。ただ,相続放棄もその言葉だけではなく要件等も知っておかなければ,せっかく相続放棄をしても意味がなくなることもあるので注意が必要です。

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