弁護士コラム~家事事件の現場から~家庭に関する法律相談を担当した弁護士がリレーでコラムを執筆しています。

兄妹は他人の始まり その2

2006年12月01日 相続

(1)父の遺産は、店舗用の土地以外にはこれというものは見当たらない。
 Cさんは遺産分割協議がなかったと考えているようだが、公正証書遺言中に『全財産をAに相続させる』の一言があれば戸籍謄本等によって親子関係を明らかにすればAが単独で土地の相続登記が出来ることになっており、この際遺産分割協議は必要ないとされている。 
  妹達の見舞いを敬遠するかのようなAの妻のそぶりや「父を扶養したい」というBの申し出をAが断ったことも、勘ぐれば妹達の入れ知恵を警戒して父を囲い込み、遺産を独占するための周到な布石であったと考えられないこともない。それだけの才覚を家業で発揮して欲しかったと皮肉の一つもいいたくなる。
 Cさんのケースのように妻が共同相続人になった場合、妻は他の共同相続人に譲歩しても構わないと考えているのに、夫が妻を嗾かしたために妻が変心して一騒動が持ち上がるという話(反対のケースもあろう。)は時々耳にするが、Cさんの夫は、「妻の実家の遺産相続に首を突っ込む気持ちは毛頭なく、妻が私の注意を守って行動してくれればそれで良い」という気持ちであったため、Cさんは、総てを自分で判断せざるを得ず、夫の紳士的な態度が逆にCさんを苦しい立場に追い込んだという一面があったかも知れない。
 「善かれと思ってやったことが裏目に出る」こともあるのだ。

 私は、Cさんに「印鑑証明書を渡すということは、相手に白紙委任状を渡すことと同じで非常に危険なことです。貴方の気持ちは良く判るが、法律はその性格上画一的な定め方になっていて表面に現れた現象だけで判断しますから、心の中の機微まで汲み取ることはできません。Aも遺産を独占するなんて欲張らないで、せめて妹達に判子代でも渡すくらいの配慮があればこんなことにはならなかったのにと思いますが、今回は、高い授業料を払って大事な教訓を得たと思って諦めて、今後の参考にして下さい。」とだけ申し上げた。

(2)裕福な商家のただ一人の跡取りとして両親はもとより周囲からもチヤホヤされ て育ったというAがCさんのいうように我が侭で自己中心的であったとしても、それとは別にAには遺産は全部自分のものだという長子相続の考え方が揺るぎない確信となって刷り込まれていたのではないか。

 Cさん達の育った都市は戦前から商業活動が盛んで、事業の継続を願う親としては、後継者(特に男子の場合)に財産を集中させたいという気持ちが人一倍強いだろうということも理解できるし、又そういうことが土地の慣習にもなっていたのかも知れない。
 いくら法律で定められていても国民の意識がこれに伴わなければ法律は絵に描いた餅に過ぎないことを改めて学んだような気がする。
 均分相続が定着し、権利意識が強くなった最近では、Cさんのようなケースは極めて珍しいのではないだろうか。
 BやCさんが遺留分を主張してAと争うことになれば、それこそ修羅場のような争いになるだろう。
 Cさんは骨肉の争いだけは避けたかったという。更にA夫妻に世話になっている父の苦しい立場も考えなければならない等々Cさんの心は千々に乱れることもあったと思う。
 Cさんには失礼だが、物事に恬淡としていて凡そ欲得とは関係がなさそうに見えるCさんにも、土地売却代金の大きさを知って、「逃がした魚は大きく見える」思いが一瞬脳裏をかすめたこともあったのかも知れない。

(3)人が結婚して配偶者という異文化の持ち主との共同生活を過ごすうちに、兄妹といえども異なる文化の持ち主となってしまうことは寧ろ当然の成り行きであって、遺産相続は、こうした異文化の衝突が象徴的に具体化する場であるともいえよう。
 Cさんのケースは、表面的には何の争いもなくスムースに相続が行われたように見えるが、一人一人の相続人にとっては、それこそ他人にいえない心の苦しみや悩みがあったに相違なく、今更のように「遺産相続」の四字の裏に秘められた情念の強さというか、「人間の業」の深さを思わざるを得ない。
 Cさんの話を聞いて、「相続するほどの財産を残さなかった(残すことができなかった?)親父には寧ろ感謝しなければいけないな」と思わず心の中で呟くと、苦笑している父の姿が目の前に浮かんで来た。 (完)

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