弁護士コラム~家事事件の現場から~家庭に関する法律相談を担当した弁護士がリレーでコラムを執筆しています。

日記の勧め~離婚裁判の証拠

2007年11月01日 離婚

 裁判になると、些細なことでも証拠が必要とされ、弁護士はその証拠の収集に苦労します。今回は、私が経験した離婚裁判を題材にして、この点について少しお話しましょう。

(1)依頼者である女性からの相談は、結婚して半年ほどであるものの、夫の性的不能が理由で性交渉がうまくいかない、姑と折り合いがうまくいかな いといったものでした。そして依頼者は、姑の味方ばかりする夫に愛想をつかして離婚を考えているというものでした。
 私は受任することになりましたが、離婚を裁判で認めてもらうためには民法770条1項の中の「婚姻を継続しがたい事由」としての性的不能を立証する必要があります。
 性的不能の立証責任、言い換えると裁判官に夫の性的不能の存在について確信を抱かせるだけの証拠を提出しないと負けてしまう責任は、離婚を請求する側にあり、適切な証拠を出さないと依頼者が裁判に負けてしまうことになります。
 
そこで私は、証拠をどうやって収集するか躊躇しました。寝室内の出来事のことなので、まさかビデオ撮影するわけにもいきません。かといって、依頼者の証言(陳述)だけでは、裁判になった後に夫がちゃんと性交渉できたと証言してきたら水掛け論になってしまい、裁判官に夫の性的不能の存在について確信をいただかせることができません。

(2)いろいろ話していると、依頼者が日記をつけているというので見せてもらいました。
 日記の中身は、結婚の嬉しさからはじまり、性交渉場面でのやりとり、性交渉をもてないことへの不安、そして周囲への相談や夫への病院の受診の勧め、しかし夫から病院に行くことを拒否されたことなどかなり具体的に迫真性をもって書いてありました。
 日記は、1冊のノートに毎日その日の出来事などを書いているという点 で、業務日報のように偽が入り込みにくいという性質を有し、信用性は比較的高いとの印象を持っています。
 
勿論日記の信用性の程度は、日記の内容や日記の体裁にもよると思います。例えばバインダー式の日記では、後で差し替えられたかもしれないという疑問をもたれてしまい信用性が低いと判断されることもあるでしょう。
 私は、依頼者のつけていた日記を読んで、これなら裁判で離婚原因を認定してくれるのではないか、裁判に勝てそうだとの感触を得て、離婚裁判を勧めました。もし裁判で勝てないだろうと判断されたら、交渉で何とかする他ありませんでした。

(3)調停を経たうえで裁判となりましたが、相手方は、裁判で性的不能ではないと主張して、男性としての機能はあるという医学検査結果を証拠提出してきました。
 しかし、生物的に男性としての機能があっても、精神的理由から女性との性交渉ができないこともあること(姑、つまり夫の実母との同居が夫に精神的プレッシャーになったのではないかと私は勝手に想像しています)、そして何より依頼者のつけていた詳細な日記が大きな決め手となって、判決では離婚を認めてもらいました。

 この事件を通じて再確認したことは、やはり証拠、特に書証の重要性です。日記は、第三者の作成した書類ではないという点で客観性や信用性が劣ると判断され得ることも否定はできませんが、法廷での証言よりは客観性や信用性に優れています。
 離婚などの家事事件は、証拠がない、又は、証拠化するのが難しい訴訟類型ですが、こまめに日記をつけることで、証拠がないという不利さをカバーできる可能性があります。
 
また離婚事件は、証拠がないとお互いの欠点等をあげつらって水掛け論になりがちで、ご本人も弁護士も精神的に磨り減ってしまいますが、証拠があれば相手方の悪性格を主張しなくても勝てるため余分な主張立証が不要となりストレスも小さくなると思います。

(4)私は、離婚の相談を受けた際、裁判で勝てそうな良い証拠がない場合には、とりあえず日記を半年から1年つけて欲しいとお願いすることも多いです。
 不倫の場合は興信所等の利用も含め、相手方の尾行などを提案することもあります。

 また財産分与の請求をするために、相手方名義の財産(預金、生命保険、有価証券、ゴルフ会員権その他)や確定申告書の写しを取得するようにお話しています。別居したら、これらの証拠は二度と手に入らなくなります。
 
離婚をしたいと思ったら、相手と同じ空気を吸うのも嫌になるかもしれま せんが、ここをこらえて、しばらくの間は同居を続けて証拠収集に励むのが離婚への近道になることが多いので、弁護士として日記をつけることを勧めているものです。

 

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