弁護士コラム~家事事件の現場から~家庭に関する法律相談を担当した弁護士がリレーでコラムを執筆しています。

暴力を振るう夫との法廷対決

2005年04月01日 離婚


1 A子さんは、上京して、弟さんと一緒に住んでいました。そのうちに、近所に住むB男さんと知り合うようになりました。B男さんは実家の家業を手伝っており、B男さんの父親はすでに亡くなっていて、実家の仕事はB男と母親とで行っているという環境にありました。
 A子さんはB男さんと親しく交際するうちに妊娠したことがわかりました。B男さんは、A子さんから見ると粗暴な性格で、特にお酒を飲むとその気性の荒さが一層ひどくなり、殴ったり勿論、ある時は包丁を持ち出して暴れるなど、その他様々な仕打ちを受けたことがあったので、A子さんは気が進まなかったのですが、再三にわたってB男さんから結婚を申し込まれ、また、子供が生まれれば気性も変わるであろうと期待もし、結局断り切れずに結婚することになりました。結婚後は、B男さんの実家に、B男さんの母と同居することになりました。
 あとでわかったことなのですが、B男さんは一時暴力団の組員であったことがあり、暴力沙汰で何回か警察に逮捕されたこともありました。
 結婚後も、また子供が生まれてからもB男さんの性格は変わらず、自分の母親にまで暴力を振る始末で、母親は近所に住むB男さんの妹夫婦のところへ身を寄せるようになりました。

 さて、離婚をするときには、まず家庭裁判所で離婚の調停を行うことになっています。
  この調停の手続きでは弁護士を代理人に選任した場合でも調停委員から本人の出頭を求められる例が多いようです。しかし、本事例では調停委員に事情を説明して、A子さんは家庭裁判所に一度も出頭することなく、調停を2回くらい行って調停手続きは不成立という形で終わりました。
 調停で離婚の合意が出来なければ、今度は裁判ということになります。この事例でも勿論、B男さんが離婚には応じませんでしたので、調停では離婚の合意が出来ませんでした。そこで、A子さんは離婚の裁判を起こしました。
 ところで、A子さんは知り合いの人たちの援助もあって、B男さんの留守に子供(未就学児)を連れて家を飛び出して来ていました。B男さんはA子さんの居場所を探したようですが、ついに裁判のときまで、居場所をつきとめられることなく無事に経過していました。
 裁判を起こすことになると、本来は裁判の当事者の住所を訴状といって裁判所に提出する書類に記載しなければなりません。しかし、A子さんの場合には現在の住所を記載しては、せっかく居所をB男さんにわからないようにしてきたことが水の泡になってしまいます。そこで、提出する訴状にはA子さんの住所として、前にB男さんと住んでいたB男さんの実家の住所を記載して裁判所に訴えを起こしました。

 さて、裁判が始まると、勿論証拠書類等を双方が裁判所に提出して争うことになります。

  証拠には文書(書証)、証人、本人等があります。離婚事件では、夫婦の間がこじれてしまった原因が重要な争点ですので、夫と妻の双方を法廷で尋問して調べることになります。しかし、夫婦間のそれまでの出来事は大変長い時間とそれにともなって様々な出来事が生まれているので、これらを法廷で聞いていては、時間が足りません。
 そこで、「陳述書」といって、自分が言いたいことを書面の形にして裁判所に証拠として提出するという方法が採られます。 しかし、陳述書の提出は、あくまで本人が直接法廷で述べることの補完的なものですので、陳述書を提出すれば、法廷に出頭しなくてもよいということになるわけではありません。
 ところが本事例では裁判所に事情を説明したところ裁判所の理解を得られ、地方裁判所(当時の第一審)の段階では、A子さんの陳述書と家庭裁判所での調停のときに調査官が調査した結果を記録した報告書(もちろん住所その他現在のA子さんの居場所の手掛かりとなるような記載部分はすべて黒塗りをしてわからなくした上で)を提出して、A子さんは法廷に出頭することなく裁判は終わり(終結)になり、無事判決ではA子さんとB男さんを離婚する、子供の親権者をA子さんとする、という結果になりました。

 これでひとまず安心と思っていたところ、B男さんの方から第一審の上記判決を不服として、高等裁判訴に控訴が提起されました。不服の理由の主なところは、第一審では全くA子さんを含めて本人の尋問がなされていないと言うものでした。
 高等裁判所はこれらのことを考慮したのでしょう、一転して同じ日に同時にA子さんとB男さんの双方を法廷で尋問するという方針を示しました。
 私はA子さんの代理人として、本事例では離婚原因は明らかであるので本人達を調べるまでもないと裁判所を説得いたしましたが、認められませんでした。その一つには、子供の親権者をどちらにするかという争点も影響があったと思われます。
 先ほど家庭裁判所の調査官報告書の話をしましたが、これはB男さんから、「どこでどういう生活をしているか全くわからないA子さんに親権者を任せるわけにはいかない、一方自分はきちんとした仕事があり、実家には子供の面倒を見ることが出来る母親がいる」という反論が出ており、このためA子さん親子の生活ぶりを確かめるという目的で家庭裁判所調査官の調査が行われたといういきさつがあったのです。この点について高等裁判所はやはり本人から直接確認をしたいと考えたのかもしれません。
 さて、本人二人を同じ日に調べるということになりました。そこで、私は万が一の場合を考えて裁判所に対して警備の申し入れをいたしました。また、尋問を行う順序もA子さんを先にして、終了次第A子さんは帰って良いということにするようB男さんの代理人に対しても申し入れを行いました。
 A子さんに、法廷で尋問をすることになったという話をすると、A子さんは過去の恐怖を思い出してか、その場でがたがたと震える有様でした。
 幸いA子さんには母子家庭の友人がたくさんいて、この人達の励ましもあり、A子さんは法廷に立つ決意をしました。

 裁判の当日は、あらかじめ裁判所から指示された部屋にA子さん、その友人達、私が集まり、指示されたエレベーターで法廷へ向かいました。
 A子さんは、これからまたB男さんと顔を合わせる恐怖から、震えが止まらず友人達に支えられながら法廷の前まで来ましたが、法廷へ入ることを身体自体が拒否しているようで、足が前へ出ません。そこで、警備の方達(警備のために裁判所が用意した人数は複数人で法廷の前や法廷の中に待機していました)の手を借りて、なんとか法廷に入り、席につきました。
 もうほんのすぐ左隣にB男さんが、A子さんをにらめつけています。A子さんは本当に怖かったと思いますが、なんとか裁判所や相手方代理人の質問に答え、打ち合わせ通り、先に尋問を終えて、友人達や警備の方達と法廷を去りました。その後、B男さんの尋問を行うわけですから、B男さんは法廷から出て行くわけにはいきません。

 このようにして、難局を乗り越え、A子さんはB男さんと離婚し、子供の親権者ともなり、B男さんに居所をつきとめられることなく、すべての手続きを終えることが出来ました。
 なお、本事例でのA子さんは、B男さんに居所を知られることなく子供と一緒に生活したいということだけを願い、B男さんに対する金銭的な請求はあきらめると決心していました。A子さんには事情があって実家に戻るということもかなわない環境であったのですが、幸い働き口が見つかり、子供さんと二人で平穏に生活できるようになりました。

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