弁護士コラム~家事事件の現場から~家庭に関する法律相談を担当した弁護士がリレーでコラムを執筆しています。

親子関係の不存在に関する裁判例と実務

2017年09月04日 親子

1 結婚生活を送る夫婦の間に子どもが生まれ,その後何年も子育てをしながら幸せな家庭を築いているというケースでお考えください。夫は,妻が産んだ子は当然自分の子だと信じていましたが,ある日突然,妻から「この子はあなたの子じゃないの」と打ち明けられました。驚いた夫は,自分と子どものDNA検査を受けたところ,「父子確率0%」という検査結果が出てしまいました。このような時,あなたが夫の立場だったらどうしますか。

 血縁関係がなくても,何年も育てて愛情がわいているので,今後も自分の子として育てたいという考え方もあるかもしれません。他方で,血縁関係がないことが明らかならば,戸籍上の関係も正しく訂正したいと考えるのが世間一般の人情かもしれません。

 今回は父子関係を否認したいと考える場合の,裁判例や家庭裁判所の実務についてお話ししようと思います。

2 民法では,婚姻中の妻が子を妊娠した場合,その子は夫の子と推定されます。これを「嫡出の推定」といいます。また,夫が父子関係を否認するためには,子の出生を知った時から1年以内に家庭裁判所に訴えを提起しなければならないとされています。これを「嫡出否認の訴え」といいます。

 「1年」という出訴期間が設けられていますので,夫が子の出生を知って何年も経った後では,「嫡出否認の訴え」を提起し父子関係を否認することはできません。

 ところで,父子関係を否認するための訴えとしては,「嫡出否認の訴え」のほかに,「親子関係不存在確認の訴え」という種類の訴訟もあります。この「親子関係不存在確認の訴え」には,出訴期間の制限はありません。

 ただし,子に「嫡出の推定」が及ぶ場合,「嫡出否認の訴え」によるのが原則です。裁判例上「親子関係不存在確認の訴え」が認められるのは,例えば,妻が妊娠した時期に夫が遠隔地に居住していたなど,夫婦が性的関係を持つ機会がなかったことが明らかであるなどの事情がある場合に限られています。

 そのため,そのような事情がない場合には「親子関係不存在確認の訴え」は認められず,「嫡出否認の訴え」の1年の出訴期間を過ぎると,法的に父子関係を争うことはできなくなってしまいます。

 2 では,DNA検査で「父子確率0%」という検査結果が出ている場合はどうでしょうか。

 近時DNA検査の技術が著しく向上し,正確な検査ができるようになっています。「父子確率0%」であれば,父子に血縁関係がないことは科学的に明らかといえますので,夫婦が性的関係を持つ機会がなかったことが明らかであるなどの事情がない場合でも,「親子関係不存在確認の訴え」を認めてもよさそうに思われます。

 しかしながら,最高裁判所は,下記のように述べ,DNA検査で血縁関係がないことが明らかな場合であっても,夫婦が性的関係を持つ機会がなかったことが明らかなどの例外的な場合を除いては,「親子関係不存在確認の訴え」により父子関係を争うことはできない旨判示しました(最高裁平成26年7月17日判決)。

*「...夫と子との間に生物学上の父子関係が認められないことが科学的証拠により明らかであり,かつ,夫と妻が既に離婚して別居し,子が親権者である妻の下で監護されているという事情があっても,子の身分関係の法的安定を保持する必要が当然になくなるものではないから,上記の事情が存在するからといって,...嫡出の推定が及ばなくなるものとはいえず,親子関係不存在確認の訴えをもって当該父子関係の存否を争うことはできないものと解するのが相当である。...」(最高裁平成26年7月17日判決)

 最高裁のいう「子の身分関係の法的安定の保持」とは,扶養義務を負うべき法律上の父親を明確にし,安定した親子関係を構築することが,子の福祉にかなうといった考え方です。

 なお,平成26年7月17日の最高裁判決については,本コラムの2014年(平成26年)10月01日の記事でも紹介されていますので,そちらもご覧ください。

3 最高裁の考え方からすると,夫婦が同居し,妻が産んだ子を何年も育てているような家庭では,父子に血縁関係がないことがDNA検査から明らかであっても,父子関係を否認することができず,法的な父子関係を一生続けなければならないという結論になりそうです。

 もっとも,家庭裁判所の実務では,最高裁判決を若干狭く解釈することで,父子関係を否認する余地を残していると考えられるケースもあります。

 すなわち,平成26年7月17日の最高裁判決の事案は,夫の側が父子関係の維持を望む一方で,子や妻の側が父子関係を否認し「親子関係不存在確認の訴え」を提起したという,やや変わった事案でした。

 そこで,最高裁判決は当事者間に争いがある事案についての判断であり,当事者間に争いがなく父子の血縁関係がないことに合意がある場合には,最高裁判決の判断が当てはまらない。したがって,訴訟ではなく家事調停の手続きのなかで,父子に血縁関係がないことを確認(合意)することも可能だという解釈も成り立ちうると考えられます。

 実際,家庭裁判所の実務では,当事者間に争いがない場合には,「親子関係不存在確認調停」という家事調停の手続きのなかで,合意に相当する審判がなされ,その審判を基に戸籍を訂正するといったケースがしばしば見受けられます。

 ただし,最高裁判決についての解釈は裁判官によって異なります。裁判官の解釈によっては,当事者間に合意がある場合でも「親子関係不存在確認調停」が認められないこともありますので,その点は注意が必要です。

 4 ともあれ,真実の父子の血縁関係を戸籍にも反映させたいという人情を考えると,冒頭に述べたケースであっても,実務上父子関係を否認する余地が残されていることは心強い限りです。

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