弁護士コラム~家事事件の現場から~家庭に関する法律相談を担当した弁護士がリレーでコラムを執筆しています。

マンションの生活騒音

2009年07月01日 その他

大都市への人口集中に伴って、人口問題と土地問題を一挙に解決しようとして生まれたのが集合住宅いわゆるマンションです。
あるデータによれば、
2008年現在、東京のマンションの戸数は、住宅ストック戸数の23.5%を占めているといわれています。

百人百様の住民が集団で生活しているマンションでは多くの難題が生じます。
 生活騒音もその一つです。

 マンションのような集合住宅の生活では、住民の互譲の心構えが必要ですが、建物の区分所有等に関する法律6条では分譲マンションの住民の権利義務として「区分所有者は、建物の保存に有害な行為その他建物の管理又は使用に関し区分所有者の共同の利益に反する行為をしてはならない」と定めているのもこの趣旨を明らかにしたものです。
しかし、この条文だけでは、何処までがよくて何処からがいけないのか、具体的なことは何も分かりません。

社会生活を営む以上勝手気儘が許されないことはいうまでもありませんが、少々のことはお互いに我慢するというのが社会生活を営む上での常識です。
ここまでは何とか我慢できるが、これ以上はもう我慢できないというギリギリの限度、それが受忍限度というものであって、その基準は、平均人の通常の感覚であるとされます。

集合住宅では、自分のことは棚に上げて、上階の子供の声がやかましい、マージャンの音がうるさい、掃除機の音がうるさいというような苦情が後を絶ちません。
人間関係が円滑であれば上階の子供の足音も「上の子供は元気だな」と笑って済ませますが、そうでないときは「上のガキどもうるせー」となってしまうのが人情の常です。

 ここに紹介するのは、東京近郊の分譲マンションでの出来事です。

そのマンションは、入居当時は各戸すべてカーペット貼りの床でしたが、1階が中央居間をフローリングに改装し、直上の2階も1階に勧められて、同じ工務店が請け負って中央居間をフローリングに改装しました。
面積はどちらも専有面積は60㎡足らず、間取りも全く同じで、和室2、洋室1、中央居間、台所、廊下、トイレです。
家族構成は、1階が両親と30代半ばの未婚の息子、
2階は若夫婦と女の幼児2人です。
1階側は、「子どもが走る音がやかましい」、「掃除機の音がうるさい、掃除はモッブを使用して欲しい」、「窓の開け閉めの音がうるさい」等の苦情を申し入れ、一方2階は、「子供が走ったりしないように昼間は外に連れ出すよう努力している」、「掃除機の音は短時間だから我慢して欲しい」等のやり取りがあり、2階が自費による防音工事の実施を検討したところ防音材料について1階が承知しなかったので、2階は自ら選んだ防音性能を持つ材料で防音工事を実施したが、1階が受忍限度を超える騒音による精神的苦痛の損害賠償等を求めた事件です。

地方裁判所の判決は、「このような生活音に対する受け止め方は、各人の感受性に依存する度合いが大きいほか、気にすれば気にするほど我慢ができなくなる性質を有する」と指摘し、「マンションのような集合住宅においては、構造上、階上の居宅の騒音、振動が階下の居宅に伝播して、階下の居宅における生活や安眠を妨害する事態が生じることとなるところ、平均人の通常の感覚を基準として、騒音、振動の程度がいわゆる受忍限度を超えない場合においては、集合住宅に住む者として社会生活上やむを得ないものとしてこれを受忍すべきであり、一方騒音、振動の程度が受忍限度を超える場合には、これを発生させて他人の生活を妨害した者は不法行為に基づく損害賠償義務を負う」としつつも、本件騒音は受忍限度の範囲内であり、2階には損害賠償義務はないと判断しましたが、1階が控訴して、高等裁判所で和解が成立しました。

この事件に関連して判例を調べたところ、類似の事件がありました。
分譲マンションの下の階の住人が上の階の住人に対して、床をフローリングにしたために生じた騒音を理由に床を畳敷き又は絨毯に変更することを求めた裁判において、騒音等の被害が近隣の部屋に及ぶことは避けられないものであることを認めつつも尚且つそれが受忍の限度内にあるとして請求を棄却しました(平成3年11月12日東京地裁判決)。

この判決は、最後に「人間の感覚は極めて個人差の強いものであり、ある人はある音に対してなんらの苦痛を感じなくてもある人はそれを耐え難い騒音と感じることは、しばしばある。被告はそのことに思いをいたし、・・・・・・他方原告においても・・・・ある程度のことは大目に見てやることが望まれる」と付言していますが、二つの判決はともに、微妙な人間関係に関する含蓄のある内容を含んでおり、徒に権利主張が強く、義務の履行をおろそかにし勝ちな最近の風潮への「頂門の一針」と考えるべきでしょう。

                                                                                      以上

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