弁護士コラム~家事事件の現場から~家庭に関する法律相談を担当した弁護士がリレーでコラムを執筆しています。

不在者財産管財人のジレンマ

2008年01月01日 その他

 今回は、いつもと少し観点を変えて、弁護士の側から、家庭内の紛争に対処することの苦悩について書くこととします。

 人が財産を放置して行方不明になってしまったとき、その財産を管理する者として不在者財産管理人が選任されます
 多くの場合、不在者財産管理人として選任されるのは弁護士ですが、選任された弁護士は、その職務を遂行していく過程で多くの壁にぶちあたります。

 まずは、放置された財産の持ち主がいないのですから、そもそもその不在者がどのような財産を持っていて、それらがどこにあるのかが不明なことも決して少なくありません。その不在者が資産家であった場合にはなおさらです。
 このような場合、不在者財産管理人は、不在者宛の郵便物や、親族らから事情聴取するなどして不在者の財産を調査するのですが、これが並大抵のことではありません。
特に、事情聴取をした親族が不在者と利害対立しているようなときには、その親族は非協力的であるばかりか、むしろ対抗的であり、糾弾されることすらあります。このことは、不在者の財産の中に相続財産があるものの、それら相続財産の分割方法が不在者ら相続人間で決まっておらず、紛争になっているような場合には、増してです。

 10数年前、40代半ばで、結婚せず母親と同居し、その財産の管理などして母親の面倒を看ていた男性がいました。その母親は、多数の不動産を所有するなどかなりの資産家でしたが、その一方で、この男性には多くの兄弟がいました。
 そんな中、母親が死亡して相続が発生しました。
相続人は子であるこの男性とその兄弟だけでしたが、遺産分割の協議はまとまらず、家庭裁判所での調停へと移っていきました。しかし、この遺産分割調停もなかなかまとまらず審判となり、そのうち5年の年月が経過していました。

 そうしたところ、ある日、この男性が数百万円くらいでしょうか、母親の大金を 持って行方をくらましてしまったのです
そのため、遺産分割の調停を申し立てたこの男性の兄が、男性を不在者として財産管理人選任の申立をし、弁護士が不在者財産管理人に選任されたのでした。

 さて、この弁護士の最初の職務は、遺産分割の審判に出頭することでした。
しかし、この弁護士は、不在者の母親の遺産は概ね把握はしていたものの、調停・審判がなぜ長期化しているかなど紛争の原因をさほど理解しておらず、にもかかわらず、その審判に、不在者に代わり、ある意味当事者として参加する羽目になったのでした。

 審判は、弁護士のよく判らないまま展開していき、不在者については、母親の面倒をよく看てくれたので寄与分を認めるべきだ、という話が出る一方で、一体幾らお金を持ち逃げしたんだ、などと責め立てるような話も出、しかし弁護士は言われるがままでした。
 弁護士は、他の相続人の発言に反論もできず、かといって認容することすらできず、ただ他人事のように成り行きを見守るだけだったのです。

 それでも、弁護士が審判に参加してから1年余りが経過し、この遺産分割の審判は調停に戻され調停が成立し、遺産分割の事件は終わりました。
 ところが、その頃、弁護士は、今度は不在者が金融機関に対し借金があることを知り、その処理をすることになりました。また、不在者につき所得税の申告と相続税の申告ができておらず、弁護士はこれらの申告も不在者に代わってやらざるを得ませんでした。
 その後も、所得税につき修正申告をしなければならなかったり、弁護士としては、うんざりというのが正直なところだったのです。しかも、弁護士は、この時点でまだ報酬を全く受けてもいなかったのですから。

 それから約半年が経過し、ようやく不在者財産管理人の職務も落ち着きを見せ、弁護士は、不在者がもともと所有していた土地1筆の管理のみを行っていました。
 そうしたところ、弁護士のもとに、不在者の姉から、遺産分割の調停・審判の代理人であった弁護士を通さず直に連絡が入り、不在者に会いたい、というのです。その姉は、興信所を使うなどして不在者の居場所を突き止めて欲しい、と言うのです。
 弁護士はただ絶句し、不在者を探すことは職務外では、と思い、不在者を探す費用を管理している財産から出せないと思うと答え、婉曲的に断っていました。しかし、その姉は、暫くの間、2、3日に1回弁護士に電話をし、毎回「○○に会いたい。」「○○に会いたい。」と呟き、そのうち、弁護士は、この姉の声が胸に刺さるようになりました。
 そして、弁護士が、何とかしてあげることはできないか、と思い始めた頃、不在者の姉からの連絡がなくなったのでした。

 不在者が行方不明になってからもうすぐ10年が経過しようとしています。
不在者財産管理人は、不在者につき失踪宣告がされなければ、その職務を終えることはできないのですが、失踪宣告は、ある人の生死が7年間わからないときに、その人を死亡したものとみなす制度であり、言い方を変えると、この弁護士は、不在 者財産管理人の職務を終えようとすれば、この不在者について失踪宣告の申立をして死亡させなければならないことになるのです。
 でも、この弁護士は、今でも不在者の姉の「○○に会いたい。」という声が耳から離れず、いまだに失踪宣告の申立をできずにいるのでした。

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